どんなに丁寧に遠まわしに言っても、結論は一緒。
特に「Yes」・「No」は難しいと思いませんか?特に「No」は難しい!
日本語は遠まわしな表現ができるから、当たりはやわらかいけれど、結局NOはNOなのにって思います。
日本人の美徳の中に遠まわしにものを言うという事もありますが、良し悪しだと思います。
京言葉の「ぶぶ漬けでもいかがですか?」・・・これは関東人にはわからない。
日本の文化って、沈黙の文化というか、察してほしい・・って言う所が多いでしょ?
よく言われるのが、挨拶代わりに「今度こちらにおいでの節は是非我が家にいらしてくださいね」と言ったら、本当にその人が遊びに来るって言われたので困ったとか・・・・
来てほしくないなら、はじめから言わなきゃいいのにって思う。
日本もどんどん変わって来ている。
言葉も変化しているし、心も変わっているような・・・・
以前高校生が、「お互いに頑張ろうね」といった一言を勘違いして、勝手に恋に落ちて、勝手に冷たくされたと思い込んで頭にきて殺人まで犯してしまったという事件がありましたよね。
日本人の沈黙の文化が崩れてきているのでしょうか?
それとも、事件を起こした子が異常だったのかはわかりませんが、学校の同級生にも気軽に言葉をかけられない状況って怖いですよね。
お互いに気を使い、思いやりを持つことも必要だと思って遠まわしに言ってもそれが通じない。
かといって、はっきり言うと「あの人キツイ」といわれる。
ちょっと過激だと思うけれど・・・・
「NO!」ってはっきり言ったり、言われた方がいい!その場はすごくグサッと来るけれど、わかり易いから。
言われりゃそりゃー傷つきますよ私だって!落ち込んで立ち直れなくなりそうになるかもしれない。でも、どっちにしても結果は一緒じゃないかって思うんだけどね。
よく、恋人と別れるのにフェイドアウトさせようとする人や、別れるときに「本当に愛してたよ」なんていう人いるでしょ?それってね、逆に相手を苦しませていることが多い。(本人は思いやりとか思っているみたいだけどね)
松田聖子さんの歌に「さよならの瞬間」という歌がありますが、とっても切ない歌です。
だいたい、恋人と別れるときなんて悲しいに決まっているでしょ?(立場にもよりますが)
何年かたって、あーこんなこともあったなって思うのが普通。
う・・・いつの間にか恋話になっている・・・・
とにかくだ「Yes」・「No」は、はっきり言いたいよね・・・・
思いやりを持ってはっきり言えば、きっとわかってもらえるって思う私は単純なのかしら?

今日あるところのぶろぐチャトでそれらしき会話したけど、今の特に高校生位までの人は自分の立場として可否は明確に言葉に出すが、
他人から明確に可否を告げられると、俗にゆうところのキレルみたいですね、
テレビゲームの世界からきているのでしょうかね
リセットが利く世界とリセットできない現実を理解することができないのでしょうか?
昔の日本人って、自然界の音を凄く良く聴いていたと思うのです。鳥のさえずり、風や雨の音、木々の葉っぱの擦れる音、海の波の音、それらを聴いて言葉に変換できていたと思うのです。そのような昔の日本人は他人の心を察することが可能だったと思うのです。ところが、現代の日本人にその能力が薄れてきています。人工的な音ばかり、人工的な映像ばかりに馴染んだ日本人に他人の心を察する能力は恐らく無いでしょうね。現代の日本人にはやはりYes,No,はハッキリと言わなくては通じないと思います。他人の心を察する能力を僕は好みますし、また無くしたくないと思います。
今の子っていうか・・・・
自分では、はっきり言うくせに、人に言われるのは嫌!っていうわがままな子が多くなっていますよね。
こっちも、相手によって切り替えないといけないのかもしれないですね。
しかし、そういう子達が大人になったらどんな世の中になってしまうのでしょうか?
歌舞伎や能、そして落語等の伝統芸能を理解できない方々が増えてしまいそうですね。
相手によってこちらも切り替えないとえらい事になっちゃいそうで、とっても怖いですよ。
英語でも、No thank you って言葉の他に、Thank you but・・・・という丁寧な言葉がありますよね、そんな言葉も死語になってしまうのでしょうか?
私はNOを言う時は必ず、「ごめんなさいね、ちょっと無理なの」等クッションになる言葉を入れてきつくならないようにはしていますが・・・