最近ニートやコミニケーションを取れない若者について取りざたされていますが、それって若者だけの問題なのでしょうか?
他人を思いやる気持ちとかしきりに有識者や大人達は偉そうに言っているけれど、若い子達だけの問題ではないと思います。
世の中が便利になって、生活が豊かにはなっていますが、私達の心は本当に豊かになっているのかなぁ・・・と今日つくづく思いました。
今朝、母の日のお花を配るお手伝いをした時に「いったいなんなのだろう・・・」って悲しくなりました。
お一人様一つ無料でお花をプレゼントすると言う事だったのですが、そのお花をもらいに来てお礼を言うのは子どもが殆どです。(大人の方の中にもお礼やねぎらいの言葉を仰ってくださる方もいらっしゃいましたが)
雨の中、長い列ができてしまい、袋に入れたお花を一つずつ配っているにもかかわらず、「あっちにして」とか、「あっちの花を見せてよ」等勝手な事を言うのは大人です。終いには「選べないのならいらないわよ!」と言って鉢を投げていく方までいました。一所懸命袋詰めしていた高校生や大学生も唖然としていました。
今、子ども達の問題がしきりに騒がれていますが、そんな大人たちを見ていて「きちんとしなさい」と言う方が無理な話ですよ。よく、「今の若い者は自分の事しか考えない、感謝と言う言葉を知らないのか」と仰る方がいらっしゃいますが、「大人たちが手本を示さないのにできる訳がない」
無料で配っているお花だって、主催者は仕入れてきているんです。そのお花をもらえる事に「感謝」はないのでしょうか?鉢を投げたご夫人は、そのお花の気持ちになったのでしょうか?後ろに雨に濡れながら並んでいる方の気持ちになったのでしょうか?
一鉢のお花を買う事にも困るくらいの生活をしているとは思えないような住宅地の中で何故こんな事が起きてしまうのでしょうか?
本当に情けなくなりました、悲しくなりました。
こんなにも心が貧しい(病んでいる)方が多いとは、本当に日本は先進国なのでしょうか?
一鉢の撫子を嬉しそうに、「お母さんにあげるんだ」と言って持って帰ってくれた子どもの笑顔だけが私にとって唯一の救いでした。

この人は今までどんな道を歩いてきたのかな?って思います。
「我さえよくば」の大人達が少なくないのも、
悲しい現実ですね。
優しい心はみんな持っているんです、例えるなら懐中電灯みたいなもの。
自分の足元ばかりを照らしていて自分の前が暗いので誰かに前を照らして欲しい人が多いのです。
他人の所まで照られとは言いません、せめて自分の進む所くらいは自分で照らすことを知る必要があるのですが…
心ある言動…心がけたいですね(^-^)
多分そのご婦人のご両親もそのような方だったのでしょう。ということは、そのご婦人のお子さんもそのような方になる可能性があります。子は親を見て育ちますから。どこかでこの悪因縁の連鎖を断ち切らなくては永遠にこの連鎖は続きます。このご婦人のお子さんにこの場面のVTRを見せて、絶対に母親のような感謝を忘れた人になってはいけないと言いたいです。
只でくれるなら貰ってあげるわ
貰う前に見てから判断すればいいものを手に取ってから投げ出すなんぞ許せないね
ゴメンネ好みじゃなっかたの一言でもいいのに
人前で自己顕示欲を表現したかったのかな
自分一人で生きれないと事ぐらい学習して欲しいですね
あずささんも、ここで耐えることと人を悲しませる醜さを改めて学習されましたね。
「相身互い」・「思いやり」・「感謝」・「我慢」これらの意味を理解できない大人が多くなりましたね。
何事においても、自分を尺度の中心にする事が当たり前のように思い込んでいる大人もそうですね。
その時の学生さんや周りの子供たちが、その事を反面教師として、自分を高めてくれるといいですね。
自分さえ良ければいいっていう考えってほんとうに恐ろしいですよね。
他人を傷つければめぐりめぐって自分を傷つけちゃうんですよね、自分の周りを照らす事で、自分も守れるし、回りにも迷惑をかけない。これって基本ですよね。
ビデオにとって見せてあげたいです!
ほんとうに、切なかったですよ。
人の振り見て輪が振り直せですね。
子ども達には見せたくない場面でした。